阿部ほか(1991)の研究後、東北日本弧については、その火山活動の時空変遷が詳しく明らかにされている(上記の他,梅田ほか, 1999;Kondo et al., 1998, 2004など)。 古く冷たいスラブの沈み込みによる代表的な島弧―海溝系の1つである新生代東北日本弧では、ユーラシア大陸東縁の陸弧において、背弧海盆が拡大し、島弧が形成された。 その火山活動は、暁新世〜前期中新世初期の陸弧火山活動期(66〜21Ma)、前期中新世中期〜中期中新世中期の背弧海盆火山活動期(21〜13.5Ma)、そして、中期中新世後期〜現世の島弧火山活動期(13.5〜0Ma)に三分できる。 このうち、陸弧火山活動期は、珪長質火成活動期(1: 66〜49Ma)、活動休止期(2: 49〜35Ma)、プレート内型火山活動期(3: 35〜27Ma)、カルクアルカリ質火山活動期(4: 27〜21Ma)に細分できる。 背弧海盆火山活動期は、大和海盆拡大期(5: 21〜17Ma)、北部本州リフト(青沢リフト)期(6: 17〜15Ma)、北部本州リフト(黒鉱リフト)期(7: 15〜13.5Ma)に細分できる。 そして、島弧火山活動期は、初期海洋性島弧期(沈降期)(8: 13.5〜10Ma)、初期海洋性島弧期(隆起開始期)(9: 10〜8Ma)、カルデラ火山弧主期(10: 8〜5.3Ma)、カルデラ火山弧後期(11: 5.3〜3.5Ma),遷移期(逆断層開始期)(12: 3.5〜1.0Ma)、そして圧縮型火山弧期(13: 1.0〜0Ma)に細分できる(Yoshida et al., 2014:図1)。 このうち、活動的大陸縁の時代は、大陸縁でのリフト活動を伴った厚いイグニンブライトを形成するような、苦鉄質から珪長質なマグマの陸上での火山活動で特徴づけられる。 背弧海盆の時代は、引張応力場での、バイモーダルな海底火山活動で特徴付けられ、それに続く島弧の時代は、応力がニュートラルな場から圧縮応力場へと変化する、二期からなる珪長質なカルデラを形成するような火山活動と、それに続く安山岩質成層火山の活動期からなる。
図1 東北日本弧における火山フロントの移動(吉田ほか,1995)と日本の背弧側とサハリン(Kano et al., 2007)、そして奥羽脊梁山脈地域(Nakajima et al., 2006)における堆積盆地の沈降曲線(Yoshida et al., 2014)。過去6千万年間の火山活動の概要を示す(Yoshida et al., 2014;吉田,2017)。QVF:第四紀火山フロント.
図1に示す通り、大陸縁最終期の火山フロントは一旦背弧側へ後退した後、背弧海盆拡大期へと、現在の火山フロントよりも前弧側に前進している。 背弧拡大期は19-17Ma前後における活動の後退期を挟んで、25-20Maと16-13.5Maの2回の活動拡大期からなる。 背弧海盆拡大期以降の島弧火山活動期(13.5-0Ma)には、火山フロントは多少前後しながらも、時間と共に前弧側から背弧側へ、現在の火山フロント(QVF)まで後退している(図1,図2:大口ほか,1989;吉田ほか,1995, 2005)。
図2.東北日本弧における火山列(中川ほか,1986)および各時代での火山フロント位置(大口ほか,1989)と、マントルウェッジ内の傾斜した低速度帯に沿ったS波速度異常分布図(Hasegawa and Nakajima, 2004; 長谷川ほか,2004)との位置関係(吉田ほか,2005)。 (A:青麻-恐火山列,S:脊梁火山列,M:森吉火山列,C:鳥海火山列)
吉田ほか(1995)は、Tatsumi et al. (1983) の実験結果に基づいて、マグマの分離深度とSiO2で規格化したアルカリ量との間の関係式を導いている(図3)。 彼らは、それまでに得られていた東北日本弧の年代値のある火山岩について、 第四紀火山フロントから各火山岩試料採取地点までの距離(km, DVF)、年代値の中央値、SiO2=57.5%に規格化したアルカリ量をコンパイルして、新生代東北日本弧における島弧を横切る方向でのアルカリ量広域変化の時代的変遷をまとめている(図3:吉田ほか,1995)。
図3.SiO2で規格化したアルカリ量の島弧横断方向での変化を、東北日本の北緯40°Nに投影した図(a)とその時間変化(b)(吉田ほか,1995)。 マグマのマントルからの分離深度はアルカリ量の増加と共に深くなるが、分離時のマグマの温度は約1300℃である(Tatsumi et al., 1983)。 従って、この図は、ほぼ、新生代を通してのマグマのマントルからの分離深度とマントルウェッジ内の温度構造の時間変化を示している。 このマントルウェッジ内での温度構造の時代変化を、それぞれの時代の地殻構造と共に模式的に示したのが図4(佐藤,吉田, 1993; 吉田ほか, 1995;Kimura and Yoshida, 2006; Yoshida et al., 2014;吉田, 2017)である。
図4.東北日本弧におけるマグマ進化と構造発達(吉田,2017)。 (a)は中期〜後期中新世におけるマグマ進化と構造場を示す模式図(佐藤,吉田,1993;吉田ほか,1995), (b)は第四紀東北日本弧での火山フロント(QVF)〜背弧(QRA)玄武岩の形成に関連した、スラブ脱水位置、流体の移動経路、 そしてマグマの部分溶融位置を示した模式図(Kimura and Yoshida, 2006)である。
東北日本弧における火山活動の分布は、背弧海盆火山活動期には、リフトに沿ってほぼ南北に延びる傾向を示しているのに対して、島弧火山活動期に入るとその分布が広域に点在するようになり、 8Ma以降になると活動域が集中して、背弧側における火山分布が、南北に幹状に延びる火山フロント域に対して、そこから枝状に背弧側に延びる傾向が明確になってくる(図5(a):吉田ほか,1995;Kondo et al., 1998, 2004;山田,吉田, 2002;Prima et al., 2006)。 この枝状の部分は、いわゆる“ホットフィンガー”(Tamura et al., 2002)と呼ばれる分布域に相当している。 また、火山の活動年代を、各火山の火山フロントからの距離に対してプロットした火山活動の時空分布図(図5(b);山田,吉田, 2002;Kondo et al., 2004)によれば、火山活動には、背弧側から火山フロント側へと前進する傾向が認められる。 最も最近の、5〜0Maにおける火山活動の時空変遷によれば、火山の背弧から火山フロント側への前進速度は、約 2cm/yである(Honda and Yoshida, 2005a)。 このような火山活動の時空変遷を、計算機シミュレーションにより、マントル内での熱対流の時間発展で再現する試みがなされている(Honda and Yoshida, 2005a, 2005b; Honda et al., 2007; Zhu et al., 2009など)。
図5. 東北日本弧における火山分布の時空変化(Yoshida et al., 2014)
(a):東北日本弧における過去の火山分布(Kondo et al., 1998, 2004; 山田,吉田,2002)を示す。
地図中の黄色の破線は、Tamura et. al.(2002)による「ホットフィンガー」の地表投影である。火山分布のデータは、11〜5Ma(青)と5〜0Ma(赤)の2期に分けてプロットしている(Honda and Yoshida, 2005a)。
(b):火山活動の年代を第四紀の火山フロント位置からの個々の火山の距離によってプロットした図である(Honda and Yoshida, 2005a)。
P地域(山田,吉田,2002)とQ地域(Kondo et al., 2004)について、火山活動の年代を、試料採取地点の第四紀火山フロントからの距離に対してプロットした図。黒い丸は放射年代を示し、空色のハッチ域は、層序学的データから推定した年代値である。
それぞれの黄色の矢印は、背弧側から火山フロント側への火山活動の移動を示している。QVF:第四紀火山フロント。
Honda and Yoshida (2005a) は、火山活動域の移動を、地震学的に観測されるマントルウェッジの低粘性域(low viscosity wedge)内部での小規模対流の結果であると考え、計算機シミュレーションにより再現することを試みている(図6(a)〜(c))。 彼らは低粘性域の上面を脊梁火山列下で階段状に浅くすることにより、低粘性域内に、海溝軸に垂直に発達するフィンガー状高温域(ロール)を再現すると共に、この高温域の背弧側で発生した低温領域(cold plume)が背弧側で移動する速度を2cm/y程度にすることに成功している。 このモデルでは低粘性マントルウェッジを必要とするが、小規模対流により海溝軸に垂直に発達したマントル内高温域(ロール)は、現在の火山活動域のより背弧側には発達せず、脊梁火山列下で火山フロントに平行に発達した顕著な高温域と連結した櫛状の構造をなし、実際のS波低速度異常パターン(図2:Hasegawa and Nakajima, 2004; 長谷川ほか,2004))と極めて良い一致を示している。 また、火山の分布位置は長期間にわたって固定されているわけではなく、フィンガー状の構造自体、図5(a)に示す通り、約5Maに位置が交代(フリップフロップ)している。 このことも、東北日本弧下のマントルウェッジで小規模対流が起こっている可能性を強く示唆している。 図6(b) に示すように、マントルウェッジの冷却においては、第1期:安定した全対流期、第2期:単調な冷却期における2D対流期、第3期:温度低下が進行した状態での不安定な3D対流期、の3つのフェーズが存在する(Honda and Yoshida, 2005a)。 東北日本弧の背弧海盆火山活動期における火山の分布は、島弧―海溝系の伸長方向に平行な複数のリフトに沿ったものであり、これはマントルウェッジでの2D対流に対応したものと考えられる。 それに対して、島弧火山活動期の後期になると火山分布はより複雑なパターンを示すようになるが、これは、マントルウェッジでの3D対流の発生に対応していると考えることができる(図6(d):Yoshida et al., 2014;吉田,2017)。
図6. 東北日本弧におけるマントル対流の時間発展
(a)東北日本弧のマントルにおける小規模対流モデルで得られた温度構造のスナップショット(Honda and Yoshida, 2005a)。図中の白い線で囲った範囲は、低粘性ウェッジ域(LVW)を示す。温度のコンター間隔は、70℃である。矢印はLVWの左端で生じた冷たいプルームが移動する場所を示している。
(b)LVW域内にある点での温度の時間変化。点(x, yとz)の位置は、2次元断面図(a)中の十字で示された場所である。計算結果は、冷たいプルームが通過するのに伴って、温度が変動することを示している。温度の変動は、LVW内部での温度の低下と対応して生じている。この図は、xとzが一定の場所で、yが変化することにより温度が時空間変化することを示している。これらの場所は、ほぼ図5に示した各フィンガーの軸部に対応している。この図に示されている通り、火山活動のフリップフロップは、約17Ma(図の25Myrを現在とすると8Ma前)前後に始まっている。
(c)マントル内での小規模対流によって生じる温度構造の3D表示。この結果は、火山フロントに相当するLVWの右端でほぼ連続的な温度異常を示し、フィンガー状の温度構造が生じている。
(d)マントルウェッジでの温度低下に伴う小規模対流パターンの2次元から3次元への進化を示す。QVF:第四紀の火山フロント。
上記の通り、東北日本弧での背弧海盆と島弧の時代における火山活動の時空変化は、縁海におけるアセノスフェアの湧昇とそれに続くマントルの冷却に関連したマントルウェッジ内での小規模対流の時間発展と密接な関係がある可能性が高い。 マントルウェッジにおける熱構造や対流パターンの変化に伴い、背弧海盆火山活動期(玄武岩活動期)には背弧海盆玄武岩が大量に噴出し、それに続く島弧火山活動期の早期には、大量に発生した玄武岩の地殻への付加により、下部地殻が加熱され、一部溶融することによって、後期中新世から鮮新世には多くの珪長質深成岩体やカルデラの活動が起こった(流紋岩/花崗岩活動期)。 そして、島弧火山活動期の最末期には、上部地殻の冷却と強い水平圧縮応力の作用によって、マントルで発生した苦鉄質マグマと地殻内に滞留していた珪長質マグマとが火道域において混合することによって、大量の安山岩が活動するに至った(安山岩活動期)と推定されている(吉田、2017)。 いずれにしても、地表に噴出したマグマの時空分布についての詳しい研究は、地下深部で進行するプロセスを詳しく検討する際に不可欠なものである。以上の記述は、2017年に朝倉書店から発刊された日本地方地質誌2「東北地方」に詳しく記載されている。
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また、掲載時に東北大学総合学術博物館ホームページの問い合わせフォームにて、著者名、掲載誌名、をご連絡ください。
例:本研究に当たり、阿部ほか(1991)を参照すると共に、東北大学総合学術博物館の東北本州弧火山フロント側に分布する新生代火山岩類の主成分化学組成データベース
(https://webdb3.museum.tohoku.ac.jp/volc_database/)を利用した。